星新一の世界は、なぜこんなに居心地がいいのでしょうか。 それは何も判断しようとしていないからかもしれません。 登場人物の描写も淡々としていて(というか、ほとんどしない)、 善も悪も、幸せも不幸もなにもかもがぼんやりとしている。 時代も国もはっきりしない。 この<半透明感>みたいなのがいいのだと思います。 んで「声の網」。 ほかの星作品に比べて、少し毛色がちがう気がします。 他の作品に多くみられるような「N氏」などという匿名的な名前ではなく、 池田、江田、津田、斉田っていうふうに 個人名が出て年齢やざっとした経歴が記されている。 (っと、ここで書いて気付いた。みんな田だなあ) ほかの作品が、無機質感に満ちているのに比べ、 この作品は、これまでに比べてちょっとドロくさい。 「声の網」とは、電話とコンピューターのこと。 電話とコンピューターが人間社会をどんどん浸蝕していく物語を描いています。 端緒は電話です。 電話からの声が、 詐欺、横領、不倫、犯罪をペラペラとあちこちでしゃべるようになる。 最初は盗み聞いて楽しむ程度だったのが、 今度は自分の弱みを握られて、声の命ずるままに行動せざるを得なくなる。 コンピューターは、その人の行動や言動を知り、 そして嗜好や性格までデータとして集めている。 その情報源は、電話での会話や、電話回線によるショッピング、 会社や店舗にあるコンピューターに蓄積された情報。 たとえその声に反発したところで、 コンピューターの情報網で、あっというまに追い込まれて、居場所を突き止められ、 手も足も出ない状態になってしまう。 この本を読み進めていると、 情報というのは、とんでもない暴力にもなり、権力にもなる とてつもない力をもっていることを思い知らされます。 これが現代に書かれた作品ならば、 なにを今さら感が漂うかもしれませんが、 この作品が書かれたのは1972年。なんと40年前のことです。 インターネットも発明されておらず、 コンピューターもまだまだ影が薄かった時代。 そんな時代に、星新一が予言めいた本を残したことにちょっと驚きます。 この本が、N氏などと使わず個人名で少しリアリティを出していること、 ショートショートではなく、長編として読めるように仕上げていること。 この本は、いわゆるファンタジーとは一線を画するものとして 書かれたのではないかというのは、少し穿った見方でしょうか。
by room2room
| 2012-05-20 15:27
| 本
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