<   2012年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

『あまりに野蛮な』(講談社)津島佑子

f0213602_943839.jpg


『あまりに野蛮な』(講談社)
津島佑子

1930年代、結婚したばかりの夫の赴任で台北に移り住んだミーチャ(美世)。
ミーチャが夫と出会い、結婚し、台湾で暮らした事実は
もはやミーチャが綴った手紙の中にしか残されてない。

その手紙はすべてミーチャ死後、夫によって突き返されていた。
手紙を手にした中年の姪リーリー(茉莉子)は、
日本での生活を捨てて、台湾に旅し、
ミーチャの人生をたどっていく


というお話。

再婚であったミーチャが台湾でたどった苦難の人生、
日本による台湾統治、台湾における日本人町、
そして山岳民族への非情な弾圧…
そうした話がとても興味深い。

しかし、途中で
現実が夢のようになって、夢が現実とまじりあい、
おとぎ話のようなものが
比喩的に挟み込まれるところがあまりに唐突な感じで…

そういう文学的?な味つけがちょっと読みにくかった。



それでいて、最後の場面で、

時と空間の感覚があいまいになっていき、
ミーチャとリーリーが時空を超えて同時に存在し、
それぞれの人生の苦しみや喜びが混沌としていく。
また台湾でリーリーが出会った中年男性や
ミーチャが当時、深い同情を寄せ、親しみを覚えていた
台湾の山岳民族もその場に居合わせて、ひとつになっていく

書き出してみると、
まさに非現実的であいまいなその最後は、
なんだかすごく「わかった」気がして、
それでいて「わかった」とたんに、
なにが「わかった」のか見えなくなってしまう。


時と空間は存在しないという
あるいは集合的無意識という、
まだ人類がその〈発見〉にまでたどり着いていないところに
ちょっと触れたのだろうか。

長い長い物語は、この最後のためにあったのだと気づく。


小説は、引力がある。

その引力が気持良くて、
一度読みだしたら寸暇を惜しんで読むようになり、
揚げ句には、手元の仕事を放り出して読みふけってしまうことがある。

それを私は自分が怠惰な証拠だと思っていたけれど、
小説の中にある人生に、自分が重なる快感だと気がついた。
[PR]
by room2room | 2012-06-07 09:39 |