<   2012年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

イマドキの若者よ。

ちょっと前の仕事では、

今までになかった分野で働く20代の若者を取材した。

私もつい最近まで(えー。うそ)20代だったが、
私が20代の頃の20代と、今の20代とではやっぱりちがう気がした。


なんつーのだろう、
一口で言うと、

パブリックの精神がある、
そして、
幸せという言葉を口にする

ということかな。


私が仕事を選んで働きだした時代は、1994年ぐらいか、

積極的に仕事を選ぶ基準はざっくり、

やりがい
お金
立身出世

的な要素だったな。

自分の好きなことで、お金をしっかり稼いで、それなりに活躍する。

それ以上のことは考えもしなかった。私や周りの友達は。

そのあとぐらいに、
「無理をしないで自分の時間を大切にする働き方がしたい」世代が出てきたかな。


そして、いま。

彼らは、…もしかしたら私の取材対象に限ったことであるかもしれないが(十分ありうる)、

人や地域の役に立つことを選択理由に入れるのだ。

そして、お金や立身出世ではない、幸せを手に入れたいと。



「お金じゃないんですよ」

っていう彼らの気持ちをとても大事にしたいと思った。


お金がなければ事業、仕事なんて成り立たないのだから、
ちゃんちゃらおかしいのだが、

物ごころついてからほとんど日本が不景気だった彼らには

彼らなりのお金の見え方、社会の見え方があるにちがいない。



「幸せになる生き方をしたい」
「幸せに、豊かに生きるってどういうことかよく考える」

って、さらりと口にする感覚は、ちょっと新しいと思った。


私は幸せって、土台をつくったうえにあるものだと思っていたからね。

そのために、今は努力や我慢をしようと思っていた。

でも、彼らはストレートに幸せを手にすることを望むんだね。

そして、彼らはいい意味で冷めているのだった。


なかなか目からうろこだった。


自分よりも10も年下の人に、

見えなかった部分、見えないようにしていた部分を教えてもらった気がして


とても新鮮だった。
[PR]
by room2room | 2012-04-25 00:31 | 考えたこと

『肉食の思想』追加

この本のもっとも重要なところは、最後に、その〝肉食〟のヨーロッパからもたらされた
日本の民主主義について言及しているところだと思う。


「『自由と平等』は、ヨーロッパやアメリカでは、本来、伝統的な階層意識や社会意識と、
 それに反撥するすさまじい個人意識との対立をやわらげる、一種の解毒剤であった。
 ……ところが、思想的伝統のまったくちがう日本にもちこまれると、
 フィクションがいつのまにか実体化され、よきにつけ、あしきにつけ、
 単なる解毒剤以上の働きをしてしまったのである」

もともと階層意識が明確に分断されていなかった日本では
明治維新以降、平等の実体化が進み、その弱い階層意識はどんどん踏みつぶされてしまった。

それによって、社会の最下層でも立身出世できるパイプがいたるところにでき、
明治以来、日本が急速に発展した活力源となっていたとする。

これが民主主義思想が入ってきた「よきにつけ」の面。

そして、「あしきにつけ」とは、
民主主義というフィクションを実体と勘違いし、
「その場かぎりのムード的な多数意思」に引きづられるようになったことである。

こうして生まれたのが太平洋戦争の悲劇である、とする。

(満州事変の勃発1931から、太平洋戦争終了1945まで
 14年の間に首相が13回も変わっていたようである)

・・・・


民主主義で消化不良を起こすというより、なんだかちょっぴり下痢してる?

この本が書かれたのは、昭和40年だけど、
日本人の政治家を選ぶ力が乏しいのは残念ながら今もそうだと思う。
(この二世議員やタレント議員の多さを見るにつけ〝選びたくない〟〝選べない〟のだと思う)

こうしたことは言われていたけれど、
それを食や気候風土あたりから論じて達したのはすごい。


しかし、もう世界じゅうが民主主義化する潮流だったのだから、
無理でもなんでも、猫も杓子も民主主義国家なのである。

日本の場合、
社会が右肩上がり、あるいは安定の時にはそれなりにうまく作用するようだけど、
社会不安が増したり、下向きになったときはその弱さが露呈してしまうのか。


まあ、ここらへんのことについては、まだまだわからないけれど、

この「首相がよく変わる」というのは、まずどげんかせんといかんと思う。
[PR]
by room2room | 2012-04-22 00:17 |

『肉食の思想』

『肉食の思想 ヨーロッパ精神の再発見』鯖田豊之 中公新書・中公文庫

日本人の食の欧米化が進んで久しいが、
じつは、日本人の食は基本的な部分ではまったく〝欧米化〟していない、
という指摘から本書は始まる。

それは欧米の食が、メインを肉、乳製品とするのに対し
日本ではあくまで主食となるのは米や麺といった穀類である。
それがパンに置き換わったところで、日本人の高い穀類依存率は変わるはずがない。
日本人の食生活は一見西欧化したようだが、基本のパータンは変わっていないのである。

肉は米とは置き換わらないのである。永遠に、といっていいほど。

(このパラドックスは、16世紀あたりに日本にやってきたキリスト教宣教師が布教して、
信者が増えても〝キリスト教精神〟だけはまったく根づかなかったという悲劇にも似ている)

そもそも肉食と菜食が分かれたのは気候風土によるものが大きい。
日本よりはるかに北に位置するヨーロッパでは、
植物が生い茂ってジャングル化するようなことがほとんどない。
せいぜい地面を短い草が覆い尽くすぐらいで、
そこから人間が食べられる豊かな農作物はのぞめない。
そこでその草を家畜に食べさせることで、肉や乳を得る農法が発達した。

一方、日本をはじめ東南アジアでは、夏の湿度温度とも高い時期に
草はあっというまに逞しく育つ。
育ちきった草はもはや家畜の餌には適していないし、
そこで育った農作物を食べたほうが効率がいい。

こうして気候風土の事情から選択されていった食のあり方は、
その土地の人々の宗教から社会構成、価値観まで大きな影響を与えていく。

キリスト教はなぜ一夫一婦制か。
ヨーロッパの貴族はどうやって生まれたか。
なぜ、フランス革命が起きたか。
なぜ、ヨーロッパにおいて個人主義が発達したか。

これらの源流には「肉食」があることが、この本を読むと面白いほど見えてくる。

それは一言でいえば、家畜と分かちがたく生活するなかで、
ヨーロッパ人は人間精神を発見し、人間中心主義にたどりついたということだと思う。

シーシェパードのような極端な動物愛護団体が生まれる理由や
東南アジアで見かける欧米人はバックパッカーであろうと金持ち旅行者であろうと
西洋式の食事を変えない理由が、なるほどとわかってくる。


時代は変われど、人間の根本はそう簡単には変わらない。

アジアとヨーロッパの断絶は想像以上に深い。
[PR]
by room2room | 2012-04-21 19:00 |

腐女子の世界

昨晩、腐女子会に交じってきました。


腐女子って、いい年してアニメおたくな女子のことを言うらしいんですが(たぶん)、
夢いっぱいお花畑なのですよ。


腐女子メンバーには、フランス語通訳のグラマラスな40代女性(夫・子あり)がおったのですが、

なんとかってアニメのなんとかってキャラ(ヨーロピアンな名前)の
等身大イラストが描いてあるシーツを3万円で買ったのですって。

胸毛ある濃ゆいキャラらしいのですが、
その毛の部分もリアルに再現されておるシーツなんですて。
ラクダの毛で…。えっ?

それをベッドに敷いて楽しむのだそうです。


あと、ベルばらのアンドレ風の美コスプレイヤーさまもおられ、
ご夫婦でコスプレ歴十数年の人もいました。

コスプレって面倒くさそうで、とてもできそうにないけど、
やってる人たちはすっごく楽しそう。

私は、なんとかっていうキャラ(ヨーロピアンな名前)に似ているらしいです。
メガネかけた強そうなヘンなキャラでした。。。


ああ、なんかイタリアやフランスのジャパンEXPOの話もずいぶん聞いたなあ。

学園モノとか観てると、
フランスやイタリアの学校は
部活とかお弁当とかないから憧れる~みたいな感じらしいっすよ。

すごいマニアックなアニメが人気だったり…。


クールジャパンとかホント?って思うけど、
彼女らの話を聞いてると
たしかに日本文化が圧巻している感じではありました(一部おたくの間で)



腐女子ってば
とにかくテンション高くて、怪しい人たちばっかりw

好き!って大きな声で言えるものがたくさんあって、
心酔できる対象があって

なんかそれはそれで、うらやましス…(・ω・)



ちなみに、

腐女子

汚超腐人(おちょうふじん)

腐淑女(ふれでぃ)

貴腐人(きふじん)

と進化していくらしいです。


おそろしス。
[PR]
by room2room | 2012-04-13 23:21 | 日常

星の王子様

f0213602_163892.jpg

シアターモリエールで
虚構の劇団の「夜の森」を観てきました。

精神病院の患者たちが
『星の王子さま』の劇を演じるためのすったもんだ(→こんなまとめ方いいのかしら)
を描いたものですが、
星の王子様のセリフにもう滂沱。


一番最初に読んだときは全体的によくわからなかった。
そして、次に読んだときは
じんとくる言葉と、よくわからない言葉がごっちゃまぜな感じでしたが、
こんなに心にぐっとくる言葉ばっかりだったとは…!


きみが夕方の四時に来るなら、ぼくは三時から嬉しくなってくる。
そこから時間が進めば進むほど、どんどん嬉しくなってくる。
そうしてとうとう四時になると
もう、そわそわしたり、どきどきしたり。
こうして、幸福の味を知るんだよ。


こんな言葉がね、ぐぐぐーーっと心に深くくるわけです。

「きみが夕方の四時に来るなら、ぼくは三時から嬉しくなってくる」
この段階で、もう涙腺がゆるめられちゃう。

たぶん木野花さんの台本と、
王子様役やきつね役の役者さんの台詞まわしが、素晴らしいんだろうなあ。



家に帰ってから

『星の王子様』を読み返そう!

と思ったのですが、本棚にありません・・。

こ、これは、もしや断捨離しちゃったのでしょうか。ワタシ。


もう一度買って読み返そうと思います。
[PR]
by room2room | 2012-04-10 21:44

この100年で失ったもの

昨日の夜、ETV特集
見狼記 ~神獣 ニホンオオカミ~  (再放送)
を見ました!

日ごろぼんやりと漂い生きているもので、
ニホンオオカミが日本に一匹もいない(とされている)ということを
全然知りませんでした。

もともとは17万年前に大陸系オオカミから分かれて、
日本列島のあちこちに生息していたみたいです。

そのニホンオオカミを追い続ける人々と
ニホンの民俗信仰にせまった見事なドキュメンタリーでした。

・・・・・

メインで登場するのが、八木さんという狼…狂いのおじさん。
登山中にニホンオオカミらしき生き物に遭遇して写真に収めたことをきっかけに
奥秩父での狼探しを始めて十数年。

このおじさんてば、川岸で腹這いになって、
水面に口をつけて水をすすったりして、
並大抵じゃないワイルドさを垣間見せるのだけど、

なにより、
狼の遺物や言い伝えを守り継ぐ人、目撃者をたずねるときの顔が尋常じゃない。
渇望と歓喜と、若干の嫉妬の入り混じったような、
なんとも言えないランランとした目で見つめる。


ニホンオオカミを見たという人の感想はほぼ共通していて、

犬とは明らかにちがう姿で、
全身にブルブルと震えが来るほど恐ろしいかったと。
でも、とうのオオカミは
まるで人間のことなど見えていないかのように
悠然と通り過ぎていくのだそう。


そして日本における、
狼にまつわる遺物、そして信仰は、なかなか興味深くて
基本的には、「人に見せてはいけないもの」として言い伝わっている。

代々、狼の牙をもっていると言われる長瀞の山奥に暮らす一人暮らしの老婆を訪ねると
「はてー。おじいさんが亡くなった時にどっかいっちゃったねえ」と笑いながら話すのだけど、
八木さんが「おばあさん!それは長瀞の文化財になるぐらいすごいものですよ」とあおると、
突然慌てだすおばあさん。
ほんとうはあるのではないかと突っ込むと、口を閉ざして難しい顔をして下を向く。

さらに、埼玉県の鶴ヶ島では、いまだに隣近所16軒で狼講という形態で
狼信仰をしている地区がある。
その16軒の家々っていうのが、映像で見る限りは、
なかなか現代的な作りで、いかにも田舎って感じじゃなくて日本の一般的な家並み。
(鶴ヶ島って市だし、埼玉県の中ではそんなにド田舎ではないのです)

その狼講でおこなわれているのは、
毎月1回、家の主が、地域で管理してる狼のお宮さんに藁で包んだ白米を夜中に捧げるというもの。
夜中に一人家を出て、藁に白米をのせて、狼さまに捧げて手を合わせる。

その風習を引き継いでいるおじいさんによると
「お米がたくさんとれるように、お蚕さんがよく育つようにってお願いしてもおかしくないのだけど、
 狼さまの前に立つと何も頭に浮かんでこないんだって、うちのおやじはよく言っていました」

一部の家からは「時代も変わったし、もういいんじゃないか」って声も出ているのだけど、
どの家も障りが怖くてやめられないらしい。
(・・・ちなみにこうした狼講なるものは、秩父の村々にもあるようです)

そして、狛犬じゃなくて狼の像が境内のあちこちにある
秩父の釜山神社。
78歳にもなるおじいさんが神主で、狼に捧げる白米を入れたおひつを背負って
月に1回、山頂にある奥の院まで急こう配の山を登っていく。


山頂から垂らした鉄の鎖が唯一の命綱。
その鎖に全身を預けて、袴をはいたまま、おひつを背負い、
息を切らしながら山を這い登る。

奥の院という祠がある場所に着くと、さらにそこから谷に下る。
供え物を捧げる場所は代々神主しか知らない。そこから先はカメラは追うことはできない。
祝詞をあげる声だけが谷間に響き渡る。

神主はおひつごと白米を谷に残し、前回のおひつを背負ってまた奥の院まで戻ってくる。

神主が谷から持ち帰ってきたおひつは米が一粒残さずなくなっていて、
雨が入ったのか、米のとぎ汁のような白い膜のようなものだけが底に残っていた。

長年使ってきた木のおひつのフチには、動物の牙らしき跡が付いている。

「狼さまが召しあがったんだ。
 フチにある噛み跡は、狼の牙の跡。
 昔からフチから三分三里のところにつくのは、狼の歯形と決まっている」

そう断言する神主。
神主は狼の存在、そして神としての狼の存在を信じている。
そうでなければ、こんな命がけの神事なぞできない。

このお供えの神事は300年にわたって続けているそうで、
今は神主であるおじいさんが一人で執り行うのみ。
昨年奥さんが亡くなったらしく、一人暮らし。子どもはいない。

「一度は(オオカミに)出会えたらいいね。一生で一度、あるかないかだね」




最後のニホンオオカミは、明治38年、奈良の集落で鹿を追って山を降りてきて、
川辺で弱っていたところを、筏師に撲殺された。

それ以来、公式にはニホンオオカミの足跡は途絶えて絶滅種とされている。
(・・・その原因は、狂犬病の流行、明治以降の日本の森林破壊(国策としてのスギ・ヒノキなど人工林へ転化)が、食物連鎖の頂点に立つニホンオオカミの生息地を激減させたといわれている)



こうしてニホンオオカミの系譜は閉ざされた。


奈良の山奥には、野犬を集めて、狼に似た特徴をもつものを集めて飼育し、
かけ合わせて「戻りオオカミ」なるものを作ろうとしていた元教師がかつていたようだ。

教師の死後、「戻りオオカミ」は一頭だけ残り、
今も熊野の民家で育てられていた。
硬そうで短い毛並みは獣っぽい。
でも、狼でも犬でも狼でもない、不思議な風貌で全体としてちぐはぐな印象を受ける。
オオカミに〝戻そう〟としたところが、
なんだか別の着地点に落ちてしまったような感じではある。

引き継いだ熊野の夫婦は
「こんな見た目だから怖がられるのだけど、とってもおとなしい。
 …狼?犬でしょうね」
と笑う。


そうしている間にも、ニホンオオカミ探しに血道を上げる八木さんは、

オオカミを見た、という人々から場所を聞き出し、
そこに赤外線カメラを取り付けて、狼が現れるのを待つ。
その近くにキャンプを張り、寝袋にくるまりながら、こう夢?を語る。

「死んだら、山に土葬にしてもらいたい。そうすれば狼が食べに来てくれるから」



八木さんが秩父で偶然撮った写真は、
多くの専門家に「ニホンオオカミではない」と断ぜられた。
一人の専門家だけが、狼である可能性を示唆して、八木さんの活動を応援した。

ニホンオオカミと犬のちがいはごくわずかであるらしく
また資料的なものがほとんど残っていないことから
頭蓋骨の一部にある小さな窪みを確認しないことには
最終的に、ニホンオオカミと断定はできないらしい。


だから、私たち日本人はもうどうやっても
生きているニホンオオカミを見ることはできない。
たとえニホンオオカミがいたとしても、野生の姿ではもう見ることはできない。


・・・・・・・・・・・・・・

江戸が終わり、明治が開けて、
近代化が進む中で、日本人は次第に狼への畏れを失ったのだと思う。
狼へ畏れとは、
つまり自分たちには及ばない力をもつものがいるという
自然への畏れを象徴していたのだと思う。


これからも、狼信仰は風化していくだろう。
完全には消えないかもしれないが、
ますます人々の心からなくなっていくことは確かである。
今でさえ、すでに風前の灯であるのだから。


失いつつある狼信仰の風習を取り戻すことはもうできない。
たとえやったところでもはや「戻りオオカミ」のたどり着いた先と同じである。


それならば、これからは

どういうかたちで自然への畏敬を取り戻したらいいのだろうか

ということを考えさせられた。


人間が弱く愚かな存在であって、
人間は自然によってようやく生かされる、ごく小さな存在であるのは
今も昔もまったく変わりはないのだろう。

ただ、自然を畏れる敬虔な気持ちだけは失ってしまった。

そのアンバランスの上に立っていることに少しだけ哀しみを覚える。
[PR]
by room2room | 2012-04-08 16:36 | 考えたこと